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Carlos Kleiber ミュンヘンでのベーム追悼コンサート

カール・ベームが亡くなったのは1981年8月14日。ベームと関係の深かったバイエルン国立歌劇場は追悼コンサートを開催しています。(2014年9月30日更新)

1981年11月1日の"Für Karl Böhm - Die Bayerische Staaatsoper gedenkt ihres Enrenmitglieds und Ehrendirigenten"と題したコンサートです。この時、クライバーはシューベルトの「未完成」の第二楽章を指揮しています。

当日のプログラム冊子
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当日のプログラム
○ブルックナー: 交響曲第6番 第2楽章 (サヴァリッシュ指揮)
○アウグスト・エヴァーディンクの式辞
○ワーグナー:『ヴェーゼンドンク歌曲集』から「温室にて」「夢」(ヒルデガルト・ベーレンス、サヴァリッシュ指揮)
○マーラー:『リュッケルト歌曲集』から「真夜中に」(テオ・アダム、サヴァリッシュ指揮)
○R.シュトラウス:『四つの最後の歌』から「夕映えの中で」(アンナ・トモワ=シントウ、サヴァリッシュ指揮)
○シューベルト:交響曲第8番「未完成」 第2楽章 (クライバー指揮)

オルフェオからCDが出ているベートーヴェンの交響曲第4番の録音も「ベーム追悼コンサート」と呼ばれることがあります。これはバイエルン国立管弦楽団の定期演奏会 -1982年の5月2日のコンサート・マチネーと翌3日の第6回アカデミー・コンサート- から、5月3日の演奏を収録したものです。このコンサートも"Für Karl Böhm"と題してベーム追悼を兼ねていたようですが、当初ベーム指揮の予定が前年に亡くなったためクライバーが指揮することになりベーム追悼とされたものだと思います。日本では特にこのコンサートを「ベーム追悼コンサート」としている記事等をよく見かけますが、厳密に言えば正しい記述ではないと思います。

5月のコンサートについては、『レコード芸術』(1982年8月号)に千勝泰生氏による記述があります。

これに先立つ5月2、3の両日には、クライバーはミュンヘンの国立劇場でバイエルン国立歌劇場管弦楽団を指揮、ベーム記念演奏会を開いている。プログラムは、ベートヴェンの第4と第7交響曲。「演奏終了後、静まり返った聴衆はしばし拍手ができなかった。急に一人の女性が絶叫した」。アンコールは「トリスタンとイゾルデ」前奏曲。「第4の理想的バランス、第7の緊張」と題した南独新聞ヨアヒム・カイザーの評は‥‥‥「一生忘れられない演奏会の一つ‥‥‥燃焼、緻密さ、心に浸透する爽やかさ、均整、そして明確な自己表現にうっとりし、驚嘆した。」

この記事に引用されているヨアヒム・カイザーの評は、5月3日(月)の南独新聞に掲載された5月2日(日)のコンサート・マチネーのものです。調べた限りでは、クライバーは、生涯に20回、ベートーヴェンの交響曲第4番を指揮していますが、このコンサートで初めて取り上げたことになります。ウィーン・フィルとの前年12月の定期演奏会でも4番を取り上げる予定でしたが、キャンセルしたため実現せず。